2015年3月30日月曜日

ハードな週末 下関強行編

娘の引っ越しのため、77に荷物満載して下関に行きました。2日で2000キロ以上、走行時間片道12時間の走行です。ほとんどラリーか夜逃げです。

息子は班活の講習があるので留守番です。猫とデグーの世話よろしく。

俺が高校生で留守番だったら「11PM 秘湯の旅」と「青い体験」を堂々と鑑賞してるでしょう。

午前二時に出発です。


妻と二時間交代で運転します。まったく進みません。





岡山で事故渋滞。


なんと、通行止め。一般道を走行し、時間を大きくロス。

しかし、スマートフォンでのグーグルマップでみる渋滞状況はは素晴らしい。どんぴしゃりです。
今回も大きく活躍しました。


関門橋

12時後の午後二時、下関につきましたが、せっかくなので妻の祖母に会うために大宰府に向かいます。
13年ぶりの再開で懐かしんでおりました。大宰府は桜が咲き、初夏のように暑かったです。



本日宿泊する海峡ビューしものせきの部屋からの夕日。
旅はいい、全てを忘れさせてくれる。







 ビールと食事でノックダウンです。



唐戸市場
 今まで食べたことないような豪華な朝食バイキングを食べ、市場で買い物。


寮外観

娘が入る寮です。学校の敷地内あり、部屋にはトイレと洗面所、ベッドと机もありました。

引っ越しで来ている方とお話しましたが、京都や九州なんか近い方です。
岩手から24時間かけてきた方にはびっくりしましたが、札幌ナンバーには絶句です。

近くにはセブンイレブンと、小さなスーパーしかないド田舎ですが、目の前の海がきれいで
生物の研究をするには最高の環境です。

帰り際、車のところまで娘が来てくれましたが、妻が突然泣き出して驚きました。

母親にとって娘は「永遠の友人」です。やはり寂しいのでしょう。

私は全く気にしていませんでしたが、妻の涙を見るとこっちもうるうるしてきます。

娘と別れて30分で電話がしたくなった私はやはり親バカでした。いや馬鹿親でした。

離れて初めてわかるこの気持ち。わたしも普通の人の親でした。


そういえば娘2人が東京に進学している知り合いがカラオケにに行くとさだまさしの「案山子」
を良く歌ってました。今ならその気持ちがわかります。






120キロで爆走する妻



帰りはさらに地獄です。午後二時に出発し、やはり12時間後の午前二時に到着。

車も多く、渋滞も結構ありました。しかし中国地方は長すぎる。いくらは走っても進みません。

玄関に猫が来てニャーニャーと泣いてくれた時はうれしかったです。覚えていてくれたのか俺を。
それとも餌が欲しいだけか?

二日間で2000キロの旅でしたが、36万キロ走行のランクル77では少し不安でした。
しかし全くのノントラブル。素晴らしい車です。

77でここまでの長距離運転は初めてでした。サスの関係上乗り心地の良い車ではないので
相当の疲労が考えられました。

しかし二人とも以外に疲れれませんでした。95プラドで九州にいったり、広島や島根に行った時の方が疲れた感じがします。何故でしょう?確実に歳は取ってます。検証してみました。

①シートがレカロだった。  お尻が多少痛くても腰は全く痛くありませんでした。
②ホイールベースが長い。 直進性が安定しており、高速走行は楽だった。
③車高が高いので目線が高くストレスを感じない。

 ここまでならプラドと同じです。違うところは?

④マニュアルだった。  意外かもしれませんが、MTの方が楽かもしれません。

高速では5速に入れっぱなしです。 低いギヤ比のため、加速もアクセルを踏むだけ、MTのためエンジンブレーキが良く効くため減速はアクセルを離すだけでした。ブレーキをほとんど踏む事がなかった気がします。

⑤フェンダーミラーだった。前を向いたまま後方が確認できる。

結局トラックと同じなので長距離高速走行は楽だったという事ですかね?
アフリカやオーストラリアの広大な大地を高速で何日間も走る車ですから。良くできた車です。


ただしギャップを超えるときの前後リーフの乗り心地は普通の人には耐えられないでしょう。






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